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2026

これはお前が始めた物語だろ

春名からバトンを受け取りました、一年の宮です。初対面にも関わらず当方の奇行により不快感を与えてしまった事をこの場を借りてお詫び申し上げます。

自分のゴルフ経験としましては、中学一年生から二年生にかけて親と練習に行ったりラウンドに連れていってもらったりする程度のものでした。ゴルフ部には経験者(笑)として入りましたが、同期の山崎が僕と比べてとても上手なので引け目を感じることは少なくありません。まあこんなことを言ってくねくねしていても仕方無く、先輩方の惚れ惚れするようなプレーにバチバチと刺激を受け、もちもち勇往邁進していく所存でございます。山崎君、ラウンドデート楽しみだね♡


さて、何を書くべきかと迷って先輩たちのブログを読んでいると、菊池先輩と細谷先輩がニーチェについて触れているのを目にしたので、僕も彼について書いてみることにしました。


彼の言葉で最も有名なものは間違いなくこれでしょう。

「神は死んだ。神は死んだままだ。そして、私たちが彼を殺したのだ!」

では、神とは一体なんでしょうか?聖書、ギリシャ神話、古事記、などなど。神について記述する文書は多く存在しますが、これらにはある共通点があります。それは、多くの場合「物語」という形態を取るということです。ただ単に神様が存在するのではなく、神様にまつわる逸話や英雄譚がセットで語られ、文化・規範・宗教を巻き込んでいきます。では、神=物語なのでしょうか?


今年、朝井リョウさんが『イン・ザ・メガチャーチ』で本屋大賞を受賞しました。その中に強烈な一節があります。

「神がいないこの国で人を操るには、“物語”を使うのが一番いいんですよ」

日本に神がいないという言説には議論の余地があると思いますが、私たちが想像する神というものが往々にしてキリスト教やユダヤ教的な神であるということを鑑みるとあながち間違っていないように見えます。神がいないから物語が必要なのでしょうか?それとも神は物語だから、一つの物語が殺された今、別の物語が求められるのでしょうか?神と物語は機能の面では非常に似通っています。超常的な(あるいは現実的な)出来事に対して意味や因果を与え、信仰対象となり、集団の行動を同じ方向に揃え、成員の同一性を作ります。「メガチャーチ」は信仰対象が神であれ、物語性を持ったアイドルであれ、主権国家であれ、成立するのです。


先ほどの「神は死んだ」という言葉に戻ります。この言葉は『悦ばしき知識』の有名な「狂気の人」の断章に登場します。語っているのは真昼に提灯を灯して神を探す狂人で、それを聞いて笑っているのはすでに神を信じていない市場の人々です。つまりニーチェが本当に不気味がっていたのは信仰者ではなく、キリスト教的な価値という足元が崩れたことに気づいていない我々の方だったわけです。彼は超人としての生き方、価値・物語を自分の力で創造してゆく生き方を説きます。神を退けた場所で気づかないうちにナショナリズムや社会主義が神話を継承していくことに対して警鐘を鳴らしていたのだと考えられますね。


なぜ物語がこれほど人類にとって重要なものなのでしょうか。僕の仮説としては、私たち人類は偶然と無秩序に溢れた世界に耐えられず、意味や因果関係を与えることで初めて世界を捉えられるのではないかと考えました。これは高校のとき現代文の先生が紹介してくれた実験なのですが、三角形と円が動くだけのアニメーションを見せられた被験者のほとんどは、二つの図形を「追いかけている」「怖がっている」というような物語で説明したそうです。人間は無関係な出来事の並びにも因果と主体を投影する傾向があり、物語はその出力形式そのものなのかもしれませんね。確かに日本史や世界史の勉強法で、「流れで覚えろ」というようなアドバイスはよく見かけますし、情報を圧縮して覚えたり遺したりするのには適当なアプローチなのです。物語は我々が昔から情報を伝達するための洗練されたメディアであるが故に信仰の器にもなり得たのでしょう。


もう一つ好きな言葉を引用します。

「これは お前が始めた物語だろ」

これは漫画作品『進撃の巨人』の第88話「進撃の巨人」に登場するセリフです。ネタバレを避けたいので説明は省きますが(読んでない人は是非読んで!!)、今までの議論を踏まえたときこのセリフからは、自分が信じる価値は元々は自分が創造したものだったということ、自分自身が「物語の主人公」であり価値の創造主であること、そして自分の物語を自分だけは信じ切らなければいけないこと、が強く伝わってきます。こんなに短いのにここまで勇気を与えてくれるセリフは自分は他に見たことがありません。どんな時でも自分自身にこう声をかけてあげると決意と勇気がみなぎってくるのを感じます。とても大好きです。そしてこのセリフは二人称です。物語を使って人を操る...?どこかで見た話ですね。


特に着地点を考えずに書き始めてしまったため結論も主張もない駄文になってしまいましたが、ここまでお付き合いいただき誠にありがとうございました。

次のブログはまさかの自分と同名である遠藤寛太です。彼の大地を震わせるほどの声量は陰ながら尊敬しています。

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塚ぴょん
2026-08-25 00:03:20

もちもち勇往邁進