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2024

魔性のゴルフへのささやかな抵抗

お疲れ様です。

白野より預かりました、ぼっち免許合宿真っ只中の、2年の光岡と申します。しばしお付き合いのほど、よろしくお願いいたします。


私自身特にブログを書く気が満々だったというわけではないのですが、ゴルフが非常に上手くかつ成績も優秀であるのに(な代わりに?)、マイペースの権化でもある「あの」白野直遥が(途中からは、悩んでひと月温めた末に)書いた文章というものを早く読みたいと気持ちがはやっていた、とまずはこの場を借りて彼のブログの末尾に対し釈明させていただきます。また、ついに彼の書いた実に彼っぽい文章を読むことができ、非常に嬉しく思っております。

いっそのことタイトルを彼の名前にし、彼へのアンサーと人物説明と賞賛だけでこのブログを埋めてしまっても良いくらいなのですが、意外と冷たくスルーされるか、「それ耐えてないよ」と怒られることになりそうなのでちょっとやめておくとします。



ではさっそく本題っぽい部分に入ります。


まずはじめに、ブログを書くという行為の目的を考えたいと思います。この行為は自分の思想を垂れ流すことでそれを不特定の読者に対して表現し、思想そのものに加えその表現方法から導かれる自分像を読者に押し付ける行為である、と言えるでしょう(自己紹介で言えば、紹介されている性質よりこのように自分を紹介したいという思考の方に重きを置く観点)。この押し付けられる「自分像」に関連して、あいにく私は顔写真を掲載しておらず、私の顔を知らない読者の皆様がこの憎い文章と筆者の顔を一致させられないのは少し気の毒なので、自分は俗にいう「頭が良くなさそうな顔」である、という情報を付け加えておきます。この情報が気晴らしになれば幸いです。

考えてみればこれは私が部員のブログを読む時、その部員がその文章を口頭で話している顔や様子を想像しながら読んでいるから感じることなのかもしれません。

これに関連して、この文章を常体で書くか敬体で書くか非常に迷ったのですが、自分がゴルフ部ではどちらの人物像か分からなかったので、あえて小学生ぶりに、敬体を用いた文章にチャレンジしてみようと思います。残念ながらこの文章に高齢者マークは付けられないので、言い回しに違和感を感じても暖かく見守ってあげて下さい。


また、このブログという形式は、仮に普段口にしたくても「なぜ今それを言う?」という状況にしかなり得ない事柄について、相対的に少ない負い目しか感じることなく発信できるもの、という価値を見出すことができると思います(この文の主張自体がそうであるように)。ですので、対面の際自分の発言に相手が下す評価について考え過ぎてしまい、SNSを見る時でさえ人が今それを投稿した理由や意図について深読みしてしまう人間である私にとって、自発性の度合いが少なからず抑えられている(一応全員がすることになっている)このブログ執筆は共感も評価もほぼ全く期待することなく、しかも一応全体に向けて発言できる貴重な機会と捉えられるのです。

私は、このことから、この貴重な機会を頂いたからには、いつでもできるような月並みな自己紹介に終始するのは勿体無いと感じてしまうたちなのです。とはいえ残念なことに特に並外れて素晴らしい文章なるものを書ける文才も持ち合わせていないので、私の文章を読み終わった際には、「で...?」と感じる方が大半だと思われます。ですが、そうなるような内容(少し詳しく言えば、考えても結論が出ない事柄への思索の顛末)を記すのが今回の私の目的ですので、その感想を抱くことこそ、このブログの醍醐味だと受け取っていただけると幸いです。



さて、性格上書かないと落ち着かなかったブログについての話はこれで終わりにしてさすがにそろそろ本題に入ります。本題としてはやはりゴルフに対し私が普段感じることをダラダラと連ねていきたいところです。しかしここで真面目に可愛く自分のゴルフの練習、成長過程、抱負などなどについて記していくのは私には気恥ずかしくこの場ですらハードルが高いので、それらは他の人達に任せるとして、少し異なる視点で書いていくことにします。


では、まずは私の考えの根本の問いから始めます。

「なぜわざわざゴルフ部に入ってゴルフをしているのか。」

これは東大ゴルフ部の大半が一度は頭に浮かべたことがある問いでしょう。さらに言えば、自分を含め、ゴルフの世界で頂点に近いところまで登り詰められないゴルフ部の人間が必ず向き合わなければならない問いでもあります。

ゴルフは楽しいから。自己の肉体的、精神的鍛錬になるから。属していることでサークルに入っているより多少は自らの誇りを保てるコミュニティが欲しいから。などなど短絡的な答えはいくらでもあるでしょう(もちろん聞かれたら私もこれらに似た答えを言います)。

では、その「先」に何があるのだろう?、という問いについて次に考えてみます。この問いに対する答えを考え始めると、(少なくとも私は)頭の中に先ほどまであったある種の自信が跡形もなく消え失せてしまうのです。


ここで、少し話をずらし、私の思索の縁の部分をかたどる感覚を紹介しようと思います。

大学ゴルフというシステムは大変素晴らしいもので、私のような人間でもAリーグの将来プロになるような選手の練習やラウンドを間近で見られたり、運良く試合で一緒にラウンド出来たりします。これは(素人側の目線から見ると)他のスポーツと比較した時のゴルフの美点だと思うのですが、その美点ゆえに私にはより痛切に感じられるものがあります。それは、「差」です。

私は中高時代サッカー部に入っていたのですが、チームは弱く、全くもってサッカーでの頂点を目指す環境にはありませんでした。中高時代、やるからにはトップを目指したい性分の私がサッカーを続けていたのは、勉強という逃げ場のおかげだったと思います。自分は勉強なら頂点に近いところを目指せる、だから勉強をしているならば、絶対に頂点には追いつけないサッカーには妥協してもいい、と今思い返してみればどこかで感じてしまっていたのでしょう。また、今と比べて将来への不安が薄く、遊んで無為に時間を過ごすことへの抵抗が薄かったこともその原因の一つにあるでしょう。

ここで言いたいのは、今私が直面しているのは、当時と比べその逃げ場が無くなったうえ、さらに上との埋めようのない「差」がより近くに実感できるようになった絶望的な状態なのだ、ということです。


これを踏まえ、先ほどの問いに戻ります。いま私は上達するため、ゴルフに多くのリソースを割いて真剣に取り組んでいます(いるつもりです)。ですが、プロになんて絶対になれない自分が今ゴルフに真剣に取り組んだところで、この先に何が残るのでしょうか...?

やり切った記憶が残るのでしょうか。ではやり切った記憶は何になるのでしょうか?やり切った記憶が良いものだとして、もっと大学生活中に取り組むにふさわしいことは無いのでしょうか?

もしや大学生は無為に時間を過ごすべきで、そこに何も残らなくてよいのでしょうか。だとすると自分がゴルフをしているのは何のためなのでしょうか?

自分勝手かもしれませんが、耳触りの良い、「部活動への貢献」という言葉に逃げたくはありません。プレーの結果は確かに部活動への貢献であるといえますが、自己満足の個人競技という競技性を考えるに、(他の部員には申し訳ないですが)それは私にとって決して目的にはなり得ないのです。たとえ現時点で部活動へ貢献できていたとしても、それは自分をほんの束の間正当化し安心させる薬にしかならず、抱く気持ちはおそらく今と変わらないでしょう。

考え、考えても自分のゴルフへの注力を正当化できる論理が見つからず、落ち着いてゴルフに熱中する時間が終わるとこのような思索を巡らせるのが最近の癖になっています。


元々はここから先の結論がない文章を書く気でいたのですが、将来読み返した時に、現在からの成長(または現状維持、退化)を感じるだろうことも考え、ここまでの思想の現時点での中途半端な終着点を記すとするに、ゴルフはやはり私にとって現実逃避の道具に過ぎないのだということです。なにを当たり前のことを言っているのだ、と思う人もいるでしょう。もちろん、このことはダラダラ考えるまでもなく自明の事象であるように思えます。ですが、私にとって、これを認めることはゴルフと並行してやる必要のある物事について考える必要が生まれることを意味し、またそれを受け入れられず他の可能性を探っていた今までの意思の弱い自分の存在を認めることを意味するのです。つまるところ、これを認めてしまえば、私にはゴルフを大学生活の目的に据えることはできないのです。認めたくは決してないこの結論、すんなり出来るかはさておき、ここから先に進むにはそれを受け入れることからまず始めなければならないと思われます。


もちろん、「ゴルフなんて現実逃避で良くね」という考えは、最も楽で頼もしい考えであるのは間違いないでしょう。そのようなスタンスで堂々と生きられず色々と考えてしまう自分の性格をまずは直した方が良いのかもしれない、という一説もことによるとあるかもしれません(お察しかもしれませんが、私自身この性格を気に入ってはいるのでこれは絶望的なのですが)。


さて、ここまで私の中のゴルフへのマイナスイメージしか書いてこなかったような気もしますが、無論これはまずゴルフに努力し取り組み、その中で培われた大きなプラスイメージが前提にあることに注意していただきたいです。また、まだまだ成長の余地がありすぎるゴルフに取り組み続けたい気持ちは溢れんばかりであり、これは放っておいてもゴルフをしてしまいそうな精神状況から生まれた悩みでもあるのでしょう。

さらに、将来への余裕が若干残る2年生のうちはまだ良いのですが、学年が進むと必ずどこかで折り合いをつける必要のある時点にぶち当たるのは確実です。その時点での決断は将来に大きな影響を与えると現時点で認識しているからこそ、これまで書いてきたような考えが絶えないのだと思います。



つまらないことを長々と書きすぎてしまったかもしれません。


まとめますと、大学生活のはじめの一歩をゴルフへと踏み出せたことで既に他の大学生には得られないものを得られた、と確信できているこの状況からどう生活の指針をとっていくのか。これこそが私のように最も自由な大学生に与えられた至難の、それでいて贅沢な課題なのでしょう、と記したところでこの文章の締めとさせていただきます。







ここまでこの不親切な読みにくい駄文を読んでくださった方へ、感謝と謝罪の気持ちを込めまして、ありがとうございました。

(一文が長いこと、読点や括弧での説明が多いこと、書き方が回りくどいことは文章を書く際の私の意図的な悪癖です。重ねてお詫び申し上げます。)




それでは、ユーモアに溢れ、筋肉とスコアの成長が著しい、「同期一のモテ男」の荒木にパスしたいと思います。

きっと笑いが止まらなくなるほど面白く、それでいてクールなブログが読めることでしょう。楽しみでたまりません。


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