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2026

自分嫌いのあなたのことを愛する僕も嫌いなの?

ご紹介にあずかりました、3年の菊池です。

太田に言われたとおり、この1年間は目まぐるしかったですね。特に去年の2Sと夏休みでベストスコアは93から75に一気にジャンプアップし、いきなりレギュラーに入るというとんでもないルートを辿ったわけですが、これほどの成長はもうないのかと思うと寂しく、1年前に戻りたくなります。2Sはおそらくゴルフが一番楽しい時期なので、1、2年生の皆さんは存分にゴルフしてください。

約1年ぶりのブログということで前回の文章を見返してみると、なんか当たり障りのない無難な文章を書いており、まあ初回のブログで粋がることはなかなかできないし仕方ないかと思いつつもう少し自分の色を出したかったなと感じています。まあたかがブログに対してそこまで考えるのはアホらしい気もしますが。

太田がリーグ戦について話してくれ、同じことをテーマにするのはどうかと思うので、それは最後にちょろっと書くことにしてなんも関係ない話をしようと思います。


先日東大ゴルフ部70周年記念パーティーがあり、その際Cリーグ優勝を記念してレギュラーの一人としてOBOGの大勢の方々の前で話す機会がありました。その時自分は普通に喋っていたつもりだったんですが、後から聞いたらめちゃくちゃ声が小さかったらしく、とても恥ずかしかったです。言い訳としては自分は本番で結果を残せずチームの足を引っ張る結果になってしまったので、そんな堂々としてても変じゃね?と思っていたからなのですが、OBのみなさんが祝勝ムードなのにうじうじしてるのは単純に良くなかったかもしれないです。

まあそんなことはどうでもいいんですが、これに付随して、最近東大ゴルフ部の中でよく話されている自己肯定感について話そうと思います。

自己肯定感というのは難しいもので最初から持っている人はいいんですが、成人してなお持っていない人がこれから持とうとするには大きなエネルギーが必要になるはずです。それは自己肯定感というものが幼少期や思春期の成功体験の多さに起因しているから(あくまで個人の意見です)で、それは一種のトラウマのような側面を持っているように感じます。

自己肯定感がない(と思われる)人の特徴(あくまで個人の意見です)を挙げていってみましょう。

1. すぐ謝る

これは部内でもよく話されていて、自己肯定感が低い自認の人はすぐ謝る説、というものがありますが、考えてみれば自明のような気もしますね。すなわち、自分が間違っているかもしれないという前提の下で行動し、それが指摘されるとああやはり間違っていたんだとなって謝る、みたいな。謙虚さも含まれている気がするのでこれはこれでいいと思いますね。

2. 何かと前置く、注釈をつける

これは他者からの攻撃を事前に防ぐための行動でしょう。自分の意見だったりに自信がないので、前置くことで意見の過激性を減らし、なるべくマイルドに、穏便になるようにしているということでしょう。

3. 人前に立つと声が小さくなる

これも自分に自信がないことから来ている行動ですね。ボソボソしゃべったり早口になったりするなどは、自分が人前に立っている時間を少しでも短くしたいという心理からくる行動です。

4. 聴衆を見渡すことができない

3と同じく、人の目を気にしてしまうので、大勢の目を見返すことができず、聴衆を見渡すことができなくなってしまうということですね。

5. 自虐が多い

これは自分に期待していないからこそ起こる行動の一つでしょう。自分を卑下したり、自分が凄くないことをあえてネタにしていじってもらうことで、心の安寧を保つみたいな原理です。

6. その割にいいことがあると人に話したがる

自分の期待値が低いゆえに、いいことがあると「こんな自分にいいことがあるなんて、なんて幸運なんだ」となって人に話してしまうわけですね。


はい、ここまで書いていて思いましたが、というか自分から寄せていったんですが、これまるっきり自分なんですよねー。1を除いて。(と同時に、某鶴瀬在住でいつも車に乗せてくださる方の顔が思い浮かんできましたが、それは置いておいて)

1のすぐに謝らない、というか謝らないのはプライドとかも絡んでくると思うので飛ばしますが、なんにせよ自己肯定感が低いとこの先生きづらそうだなーと思うので、どうにかしたいと思って一時期ニーチェのツァラトゥストラを買って読んでいたことがありました。ニーチェは高校で倫理を取っていた人は聞いたことがあると思いますが(ちなみに自分は地理選択)、19世紀の哲学者で「神は死んだ」のフレーズで有名な人です。特にツァラトゥストラは人生観を変える著書として今日まで親しまれています。結局活字が苦手なのとこらえ性がないので2,3割読んだところにしおりが挟まった状態で自室の本棚にしまってあるわけなんですが、なんにせよ大幅な価値観の変化がないと、自己肯定感を上げるのは至難の業な気がしてしまいますね。

以前三島由紀夫が自己肯定感について、「思春期の頃は自分が嫌いだったが、ふと自己嫌悪というのは非生産的な感情だと思ってやめてしまった。そこからは自分が好きになった」と話している動画をどこかで見たのですが(どうせインスタのリールかYouTubeショート)、そこまで割り切っていられると生きやすいだろうなと思いますね。確かに自分の体は自分から切り離せないわけですから、それを嫌っていたらそれだけで永遠に人生で損をし続けることになるでしょう。だったら思い切って自分のことを好きになってしまったほうが何百倍も幸福な人生が送れるはずです。これに関しては自分も聞いてちょっと助けになったので、皆さんの中で自己肯定感が低い方は参考にしてみてはいかがでしょうか。



ここからは徒然草的な、自分が普段何考えてるかをいろいろ書いていこうと思います。

MBTIがIから始まる人は共感してもらえるかもしれないですが、自分は何か理由がないとしゃべりだすことができず黙りこくってしまうことが多々あります(Eの人には理解できないと思います)。そのせいで何を考えているかわからないor何も考えてなさそうと言われがちです。それはそれでほぼあっていて、しょうもないことしか考えていないのですが、まあよかったら見ていってください。本当にどうでもいいので、ここからの数分が無駄になってもいいよーという暇な方だけどうぞ。読む人少ないだろうと思っているのでかなり適当です。


1. ADHD

近年多くの人が何らかの精神疾患と診断される時代になっていますが、自分は常々このADHDという言葉に疑問を抱いています。というのも、この一言で自分の怠惰が片付けられると思っている輩が多すぎる気がするのです。別に、本当に精神疾患があって、日常生活に支障が出るレベルの人はしょうがないと思うんですが、それ以外のただ怠けている、あるいは集中が続かない人は、先に自分が使ったように「こらえ性がない」と言ってほしいですね。ADHDってアルファベットにするとなんかスマートな感じがする、みたいなのもよくない気がします。昔「暴走族」という名称を「珍走団」にしたらダサいから減るんじゃないか、みたいな議論があったような記憶がありますが、これと同じにすればいいですね。でもそうすると何の罪もない本当のADHDの人たちがかわいそうなので、うーんどうしたらいいんだろう。


2. 百も承知という言葉を聞いたことありますよね。これに続きがあるというのも結構有名な話だと思うんですが、正式には「百も承知、二百も合点」らしいです。これ語呂悪くないですか???絶対に「百も合点、二百も承知」のほうがリズム的に良かったと思うんですよね。

それだけ。


3. これに関連して、過去のデザインのせいで後世に不便をもたらしたような例は数多く存在します。例えば、数学のπ。大昔の人がπの定義を円周/直径にしてしまったせいで円の一周が2πラジアンになってしまいました。最も美しい数式と言われるe^iπ+1=0も、πが円周/半径だったらe^iπ=1となりより美しくなっていました。あとは電流の向き。電子が流れる方向と逆向きに電流を定義したことで、世の小中学生はテストのたびに混乱することとなりました。(文系の方々置き去りにしちゃってごめんなさい)

デザインを考えるとき、それの及ぼす影響が大きければ大きいほど、後から修正するのは難しくなります(化学反応の活性化エネルギー的な)。今更電流を逆向きに定義しろと言っても、混乱を招くだけでしょう。最初にシステムを作り出す立場というのは、後世の人たちの利便性を左右する、極めて重要な役回りなわけですね。

まあ結局こんなことを考えて何がしたいのかというと、全部自己満足です。理系の中でもちょっと知識を仕入れた落ちこぼれはこういう思考実験をして楽しんでいます。気持ち悪いと思う人もいるでしょう。すみませ。


4. 「結局」

自分が何で黙ってしまうのか、一つの理由としては自分の頭の中で話題が浮かんでは自己完結してしまうことが挙げられます。「これ聞いてもしょうがないしなー」とか考えているうちにほかの人が話し始めたり、10秒ぐらい経過して気まづくなったりとかはよくあります。

また部員とゴルフの話をしていても、結構な割合で「結局、」という言葉を使ってしまいがちです。結局芯に当たる確率がスコアに直結する、とか結局ティーショット、とかそういう雑なまとめ方をしてしまうんですね。

いろいろと話した結論を「結局」という言葉で丸め込んでしまうのは、自分としてもとても安易で嫌なことだと思っているのですが、本質厨だからなのか何なのか、なかなかやめることができません。このままだとつまらない大人になりそうなので、早いとここの癖は辞めたいですね。


5. ロールモデル

自分は活字が苦手だとお伝えしましたが、ブログを読むこと自体は結構好きで、このブログも更新を楽しみにしています。それは置いといて、自分が理想とする文章を書く人をご紹介しようと思います。何を隠そう、超有名シンガーソングライターの米津玄師さんです。米津さん自体は毎年ライブに行っているくらい好きで、自室にはライブタオルが4枚ほど飾ってあります(タオルはライブのたびに二枚買って、使う用と飾る用にしています)。この方実はオフィシャルホームページにブログがあって、もう更新はされてないんですが、たまに読み返すぐらいには好きです。なにがそんなに好きか言語化しろと言われると難しいんですが、なにかこっち側に語り掛けてきているような感じがなんとなく好きです。このブログも米津さんの文章を意識してみているつもりなんですが、まあうまくいかないですね。文章を書く才は自分に与えられた才能の中に入っていなかったようです。

URL貼っておきます。暇なときに是非。https://reissuerecords.net/diary/



最後にリーグ戦の話をちょこっとだけ。

私は全体を通して4位で選考合宿を終え、スコアを出す要員としてレギュラーに組み込まれたわけですが、1日目で自分は92を打ち、2日目の出場はかないませんでした。

正直、2日目には本当に出たかった。それは1日目を終えて悔しい気持ちがあったのもそうだし、どうせ2日出たら収束するだろうという楽観視もありました。ただ、結果的に2日目には出なくてよかったんじゃないかと思います。これは単に恥を重ねるからとか、自信がなかったからとかではなくて、業を背負ってこれからの1年と3か月半を過ごすことになるからです。

今の自分は、「春リーグ戦で92を打って交代させられた次期主将」です。惨め以外の何物でもありません。これを払拭しなければならないという焦りは、この春季リーグ戦で自分が唯一得たものです。これを練習に生かさない手はありません。尤も、自分がもし2日目に出場して変に80台前半とかで上がっていたならここまでの惨めさは感じていなかっただろうし、なんなら達成感さえあったかもしれません。そういった意味で、この業は背負う必要のあるものだと思い甘んじて受け入れます。


まあ全てはあと1年3か月半経たないとわかりません。そこまで努力の方向性だけは違えたくないと強く思います。果たして、ここからどういう方向に向かっていけばいいのか。大きく分けて2つの道があるように思います。

一つは完璧なゴルフを目指す方向。常に同じスイングをして常にクラブの入りを完璧にし、常にピンに筋らせることを目指したゴルフです。

もう一つは完璧を捨てた無理をしないゴルフを目指す方向。つまり自分の弱点を意識し、コースの状況を慎重に分析して、ミスの仕方を限定し絶対にダボを打たないようにするゴルフです。

もちろん上を目指すことは大事です。しかし自分がここ最近感じているのは、身の丈に合ったゴルフをすることの重要性です。今の方向性で、本当に1年後安定したスコアがリーグ戦で出せるのかと問われると、首を縦に振ることはできません。となると大事なのは、その時点で出うるワーストスコアを縮めることではないでしょうか。当然の話ですが、ダボを絶対に打たないのなら90はあり得ないわけです。そのような冷静な思考がリーグ戦でできないのであれば、Cリーグにいる資格はないでしょう。泣いても笑ってもあと3か月半で4年生はいなくなってしまいます。そこまでになるべく多くのゴルフIQを吸収したいと思います。


めっちゃ長くなってしまいましたが、ここまで読んでいただきどうもありがとうございました。大感謝です。次は木下です。最近顔を合わせていないので何をしているのか全く分からんですが、どんなブログを書いてくれるんでしょうか。


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